プロフィール


 

プロフィールページ用水城 四郎(みずきしろう)

誕生日 1969年7月

血液型 O型

[経歴]

昭和60年3月 友泉中学校卒業

昭和63年3月 東福岡高等学校卒業

平成 4年3月 日本体育大学 体育学部体育学科卒業

平成 4年3月 九州大学 大学院 法学府修士中退

[職歴]

平成 4年  民間の会社に就職

平成 8年 海外で国際ボランティア活動

 フィールドワークに従事

国連薬物統制計画UNDCP

 ヤンゴンプログラムボランティア活動

薬物に犯された青少年を更生させる活動…等

※ミャンマー国連邦保健省大臣 感謝状授与

※国際ソロプチミスト日本財団 国際奉仕賞 受賞

※フロリダ州ペンサコーラ市 名誉市民

平成11年 福岡市議会議員選挙初出馬 初当選(29歳)

平成15年 福岡市議会議員選挙    2期目当選

平成19年 福岡市議会議員選挙    3期目当選

平成21年 福岡市議会議員選挙    4期目当選

[趣味]

・福岡黒田藩伝、柳生新影流兵法柳心会顧問(古武道剣術)

・読書(愛読書は司馬遼太郎の坂之上の雲、竜馬がゆく)

[資格]

・中学校・高等学校第1種教員免許状

・柔道初段

・スキューバダイビング

・日本キャンプ協会初級者指導員

[その他経歴]

・アマチュアボクシング

全九州チャンピオン(3度)

全国高校総体3位

国民体育大会3位

ソウルとバルセロナ、2度のオリンピック日本代表選考会に出場

・元・ミャンマー国連邦保健省大臣公認

国連薬物統制計画NGO薬物中毒患者更正指導員

・ソロプチミスト日本財団より国際奉仕先賞受賞

・防犯ボランティアFUKUOKAストリートホークス 代表

・薬物乱用防止講演 講師(講師歴10年)

・北朝鮮に拉致された日本人を救出する会(全国)福岡の会幹事長

・特定失踪者問題調査会 理事

・福岡市中央区特定失踪者問題 波多野幸子失踪事件究明の会 代表

・当仁消防分団員 班長

・更生保護 保護司(当仁校区 代表保護司)

・福岡市中央保健所運営協議会 委員 その他・・・。

-----以下は過去職------

・ボーイスカウト福岡第16団 育成会理事

・第2常任委員会(教育委員会・こども未来局所管・保健福祉局)

・法務省福岡市人材擁護委員

 

[受賞歴]

平成 8年 ミャンマー国連邦保健省大臣 感謝状授与

平成 9年 国際ソロプチミスト日本財団 国際奉仕賞 受賞

 フロリダ州ペンサコーラ市 名誉市民

平成24 福岡県消防協会感謝状授与、福岡市消防協会 より感謝状
平成25 更生保護観察所より感謝状授与
平成21 全国市議会議長会より永年勤続議員10年表彰授与
平成26 全国市議会議長会より永年勤続議員15年表彰授与

 

[その他エピソード]

少年時代からスポーツが好きで、水泳・陸上・バスケ(友泉中・主将)何でもこなし、その他ボーイスカウト活動にて元気な少年時代を過ごした。

 

その後ボクシングに憧れ、青春をかけた。全九州チャンピオンに3度全国高校総体3位国民体育大会3位福岡県国体強化指定代表選手

 

1988年ソウル、1992年バルセロナ五輪選考会2度出場の経歴を持ち、日本アマチュアボクシング連盟の発表する全日本アマチュアランキング、ベスト10以内に入っていた。

 

1992年大学卒業後、有名私立高等学校教職員採用の話を断り、社会を肌で感じたいが故にサラリーマンに身を転じる。バブル崩壊後の社会に対する憤りを感じ、外から日本を見たいという一心で1996年にミャンマー(ビルマ)国連邦に渡る。
民間企業の現地駐在員として勤務する傍ら、国連薬物統制計画ミャンマー事務所プロジェクトとして麻薬中毒患者更正プログラム指導者に抜擢、フィールドワークに従じた。

 

その功績が認められ、ミャンマー保健省大臣の公認プログラムとして認められた。無償ボランティアで国立精神病院(YDTRU;Yangon Drug Treatment Research Unit)内に健康回復トレーニング施設を建設・寄贈。ミャンマー保健省大臣より感謝状を授与。支援を頂いた多くの皆様に感謝を申し上げた。

この活動は国内外に大きくマスコミで伝えられ、ドキュメント番組も完成した。当時の活動フィルムは、ウイーンにある国連本部に今でも保管されている。

 

1999年、ソロプチミスト日本財団より国内・国際奉仕先賞を受賞!

 

福岡における覚せい剤乱用の危機に鑑み学校や企業の依頼を受け、薬物防止の講演を精力的に行っている。(現在薬物乱用防止講演 講師歴10年
ミャンマー在住当時、ミャンマー政府が行なった外貨獲得政策が急激なインフレを招いたことにより、経済が混乱、国民生活に不満が高まった。軍事政権とアウンサン・スーチー率いる国民民主連盟(NLD)が衝突。デモ鎮圧隊が発動し、街は火炎瓶の炎と散乱するプロパガンダのチラシで騒然となり、生活の道路は戦車と放水車、銃を持った軍人で埋め尽くされた。

 

水城もデモ衝突の中に巻き込まれたが、間一髪でその場を避難した。国が混乱し、非常事態に陥る緊迫感は今でも鮮明に記憶から離れない。現地の大学生がわが国では当たり前のようにある選挙権人権民主主義を求めて革命を起こしている姿を目の当たりにし、いかに政治が大切であるかということに気付いた。
その体験が今でも水城の政治の原動力となっている(日本の若者よ、俺も何をやっているんだ???)。

 

1998年、外国企業からの強力な勧誘もあったが、帰国を決意、アジアから見た日本を見据え、この国や地方自治の未来、そして自分を含めた同世代の若者たちの平和ボケに疑問と危機感を感じていた(何とかしなければ……自ら行動するしかない)。

 

その時に政治の声がかかり帰国から3ヵ月後、多くの方々からのご支持を頂き、弱冠29歳!福岡市議会議員(中央区)初当選した。青少年問題教育問題国際問題少子高齢化防犯防災危機管理対策に特に力を注いでいる。

 

また、街のボランティア活動として昨今の都市犯罪の多発を鑑み、地域の防犯・環境美化・パトロールの取り組みとして、防犯ボランティア・セイフティ・パトロ-ル「FUKUOKAストリートホークス」を2000年12月に結成。勇気と根気と本気で現在まちをパトロール中。違法広告の撤去・自転車整理・ごみ拾い・青少年への声かけ・道案内・小さな親切活動を通じて市民の皆様に共感と支援・協力を頂いている。

 

2002年12月にはアクション映画「シティ・オブ・ドラゴン」とその原作小説にFUKUOKAストリート・ホークスの隊長として、実名で出演するなど活躍の場を広げる。

 

2003年4月、福岡市議会議員(中央区)二期目の当選を果たす!選挙中に九州大学大学院法学府へ入学、学生市議となる。

 

現在は、福岡市議会”会派”「みらい福岡市議団」に所属し市政へ取り組み、北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会幹事長として、さらに特定失踪者問題福岡市中央区当仁中学校出身波多野幸子さん(当時18歳)を家族に会わせてあげたい一心で、失踪事件究明の会代表として拉致被害者奪還にむけ精力的に取り組み、全国にその活動の輪を広げている。